×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ベランダに咲いた鉢植えのクリスマスローズ。
この花は、我が家の前庭にもチョコボの部屋の窓の下にある下庭にも2Fの坪庭にも植えてある。
但し、それらのすべてが紫色の花が咲いている。
いつの間にか庭の至る所に植えてあった。
数日前、「このクリスマスローズ、義母さんが好きだったよね。」とお局がポツリと言った。
(へぇ・・・知らなかったよ。。)
なんでも
白い花のクリスマスローズは高いのだそうだ。
紫色の花が咲くクリスマスローズより数倍するのだとか。
きっと一輪だけ近所の花屋さんで鉢植えのクリスマスローズを買って来たのだろう。
そっか、、、おふくろが好きだった花か・・・。
来週は、おふくろの七回忌。
もうあの日の朝から6年が経った。
来週の墓参りに、このクリスマスローズを持って行ってあげよう・・・。
PR
豊川の実家に咲いていた桃の花。
毎週水曜日の夕方に親爺を近くの整形外科に連れて行く。
数年前から腰の骨を圧迫骨折(要するに経年で背骨の一つが潰れてしまったのです)し、その背骨に注射をするのだが、結構高価な注射で、親爺ともうひとかた打っていたようなのだが、その方は、負担が大きいから、と言う理由で止めてしまったようである。。
一人で立てる事は立てるのだが、それも5分ほどで限界のようである。
毎週、チョコボが車で送り迎えし、病院にある車いすで診察を受けている。
今日は、昼から市民病院の呼吸器科で診察。
実は、親爺、、、近所の整形外科の他に市民病院で、神経科、整形外科、呼吸器科、腎臓内科に診てもらっている。 今日はその中の呼吸器科の診察の日だった。
レントゲンを撮り、診察を受けていると、先生が、「専門ではないですが、食道にちょっとした水のような袋の影がありますね・・・」と言う。
実は、2か月前に、これも近所の胃腸科で胃カメラで診察してもらい「異常なし」の診察をしてもらっている。
その事を先生に話すと、「2か月前・・・なら問題なしですね。」と言う。
ところが親爺、、、、来週早々市民病院の内科で改めて胃カメラ検査をすると言って聞かない・・・。
祖父も長生きだったし、長生きは遺伝だと思っていた。
ところが、、親爺がこんなに病院好きだったとは・・・。
このチョコボ、多少の事では病院にはめったに行かない。。
親爺、、腰は痛いのだが、最近では筋肉とか関節の節々が痛いと言う。
その治療法を、各先生に聞いている。
「筋トレですかね?」とか聞きながら・・・。
横でチョコボが、「まぁ車で言えば40万Kmくらいは走っている状態だから、廃車寸前で無理をしない事ですよね・・」と先生に言うと、苦笑いをしながら、「おっしゃる通りですね・・・。」と言う。
長生きは、日頃のメンテナンスなんだ・・・・
と改めて知らされた一日・・・。
それでも、親爺よりは長生きしなくっちゃな。。
鹿児島の芋焼酎「六代目百合」。
さらッとして飲みやすい。
以前、我が家の来客がお土産として持って来てくれた。
それ以来、ネットで取り寄せ、吉兆宝山と共に芋焼酎の楽しみとして常備してあった。
気が進んだ時、黒じょかで飲む芋焼酎は、格別な御馳走の味がする。
先週の事、一宮へ仕事で出掛けた。とブログに書いた。
その折、エスパース(造り立ての洋服ダンス)に掛かっているスーツを取り出した。
少し気を付ければ良かったものを、、、下段にチョコボお気に入りの焼酎類が置いてある。
下段の棚の上にぎっしり、その棚の上にも入りきらない焼酎が置いてあった。
スーツを取り出した時、その裾がこの六代目百合の頭に引掛かかった。。
パリン!と音がしたと思ったら、なんとこの焼酎が割れて床じゅう焼酎の匂いであふれだした・・・。
一升そのままぶちまけてしまったのだ。
特別高い焼酎ではないし、居酒屋へ一晩行ったと思えば買える金額だったと思う。
ただ、悲しいかな酒飲みの性(サガ)・・・。
その切なさったら半端なものではない。。
割れた一升瓶を片付けながら溜め息。
誰に当たる訳にもいかず、部屋中にあふれ出した香りで余韻を惜しむしかない。
物音に気付いたお局が2階へ上がって来て一言、「臭~~い!!」。
(お前がこんな所に置いておくから・・・と言いたかったが、そんな事を言えば結果が見えてるし、怖いし、「はぁ~~ん?。。」とだけすねた素振りで答えておいた。。)
あ~~~あっ、、、こんな事で切なくなるって幸せなんだろうな・・・。
前回の学生服に続き、セーラー服(水兵服)。
チョコボの高校の同級生で、今でも親交がある友人がいる。
その彼が、高校2年の時に生徒会長に立候補した。
それまでは、生徒会長と言えば、品行方正で成績も良く、行動力があって弁が立つ。
と言うのが定説だった。
確か、彼は演劇部と弁論部に所属していたと思うが、今を見てもそう上手い方だとは思えない。。
(まぁ、本人は弁が立つ方だと思っているらしいが・・・。)
我々出来の悪い生徒達も、彼の立候補の演説会に面白半分でヤジって爆笑の渦が湧いていた。
ところが対立候補を押しのけて、彼が会長に当選してしまった。
本人はその気だったのだろうが、冷かしていた我々の方がびっくりしてしまった。
彼は今、豊橋でも優秀な企業の社長で、会社は毎年億単位で利益を出している。
しかし、支持政党は、、、共産党なのである。
ある時、「お前なぁ・・・資本主義の世界で会社を立ち上げ、経営者として成功し、なんでまだ社会主義を支持してるんだ?」と聞いた事がある。
すると、「お前、、、、俺の学生時代の生活水準を知っているだろ・・・。中々思想は変わらんよ・・・」との事だった。
父親を早くに亡くし、母親と二人での生活で貧乏を強いられたのだろう・・・。
その彼が、生徒会長になってすぐに学校に噛み付いた。
「高校の義務としての”制服、制帽” これをすぐに廃止せよ!」と・・・。
「そもそも、戦後20年、日本の国が戦争を放棄し、反省し、軍国主義をを否定している。しかしながら、学生服は、あの軍服の名残だし、セーラー服は、海軍の水兵服そのものではないか!戦争反対!!と叫びながら、その名残(なごり)を生徒に強制するとは何事か!」 というものであった。
正しく正論である。
但しチョコボにとって、この理論は、彼が言い出すまで何の理不尽さも感じていなかった。
日の丸&起立に反対の日教組の先生達は、きっと、彼の抗議に歓喜の声を上げたのだと思う。
(当時、授業で天皇陛下を「天ちゃん」と呼んでた教師が居た。その教師なんか喜んだだろうな・・・きっと。。チョコボは嫌いだったけどね。その教師。。あっ、、、思想ではなく、生活指導部で、いつも叱られていたからです・・・。)
戦後65年経っても、その学生服とセーラー服はそのままだし、そんな議論も聞いた事がない。
もう当たり前の世界の話になってしまったのだろう。(反戦を叫び、憲法九条を死守しようとしているおばちゃん達もこれには抗議しないのかな・・・。)
誰がその制服を決めたか知らないが、セーラー服なんて、ディズニーのドナルドダックが着ていて可愛いから・・・なんて意見で決まったような気がする。
今考えても、彼の発想力には感心する。
世の中には面白い男達が居るもんだ。。
以前のブログに「予科練」の事を書いた。
チョコボのブログを読んでくれているある若い方に、「あれって、何の事なんですか?」と聞かれた。
そっか、、、、予科練なんて言葉は死語になっているのだ。
我々の世代は、♪~赤い血潮の予科練の~七っボタンは桜に錨~~今日も 飛ぶ飛ぶ 霞ヶ浦にゃ~♪
の歌がまだ歌われていた。
鶴田浩二演ずる予科練生の映画で、特攻の前日、母に宛てた手紙がナレーションで流れる中、「それでは行って参ります。昭和18年3月〇日、海軍少尉 小野何某。」のシーンで、映画を見ていた父や母が涙していた姿が思い出される。
我々の世代は、「戦争を知らない子供達」と呼ばれた。
実際、戦争とは、はるか遠くにあった出来事だと思っていた。
何の事はない。。
我々が生まれた、ほんの数年前の出来事だったのだ。
あの神戸大震災から17年も経っている事に衝撃を覚えた。
「戦争を知らない子供達」などと浮かれていてはいけなかった事に今更気付いた。。
今の若者も、あの忌まわしい戦争を、目をそらさず、なぜ?どうして戦争になったのか?を勉強すべきだと思う。
今日は、本当は学生服にまつわる、高校時代の同級生のエピソードを書こうと思ったのだが、長くなってしまったので、その話は、また後日・・・。
ちなみに梅と一緒に撮った隣家の河津桜。
2日前は完全な蕾だったが、今日の時点では、蕾の先からピンクの花の頭が覗いている。
河津桜のHPを覗いてみたら、22~23日辺りで2分咲きだそうな・・。
チョコボの友人は毎年、由井にある桜エビ専門店で解禁になった桜エビのかき揚げを食べに行きながら、河津桜を見に行く事を楽しみにしている。
たまに誘われたのだが、桜えびに対して大して感激しない事と、並ぶ事が嫌いなチョコボである故、最近では誘われなくなった。
2年前に出掛けた高遠の桜も彼のお奨めだったのだが、1000本の桜と100本の桜で大した感激差のないチョコボ、、、豊川の桜トンネル、又は夜見る佐奈川沿いの桜並木で充分だな、、、なんて思ってたし。。
数千本の桜の樹よりも、一本の満開の桜の方が感激するタイプかも・・・。
春はもうすぐそこに・・・・。
何か嬉しくなるよう事ありますように・・・・。
この時期になると決まって富士山を見に行きたくなる。
残念ながらこの写真はチョコボの撮った写真ではない。。
しかし、こんな写真をどうしても撮りたくなる。
2月か3月・・・・澄み切った雨上がりの日の富士山を真近で見たいのだ。
明日行こうか、来週行こうか・・・と思いながら数年経ってしまった。
一昨年伊豆へ旅行した時にも富士山は見えたが、頂に少し雪をに乗せた富士山だったし、伊豆から見る富士と河口湖辺りから見る富士山は趣が違う。
見上げるような冬の富士山を見たいのだ。
たまにこの時期、豊橋の海岸辺りから富士山が見える時がある。
数年前に豊川橋からうっすらと富士山が見えた。
丁度今時分だったと思う。
何だかとっても嬉しくって得をした気分になった。
たまにその道を通るのだが、今では防音壁が出来てしまい(川沿いなのにね・・・。)富士山が見えた箇所の景色を見渡す事が出来ない。。
ひょっとしたら、ここから富士山が見えるのを知った建設省が、安全運転の為・・・とか建前を言って防音壁をあえて作ったのではないかとさえ思っている・・・。
去年の今頃も”富士山が見たい”とか書いた記憶がある。
一時間半、、ちょっと時間を作ってひとっぱしりしてみようかな・・・。
先週のアメリカPGAツアーのノーザントラストオープン、予選の2日間は、CSテレビで、決勝はBSテレビで石川遼を追った。
アメリカのカメラであるため、余程良い成績を残さないとテレビに映してもらえない・・・。
日本のカメラが映したダイジェストをたまに放映するだけであった。
4月に行われるマスターズに出場するには、現在の世界ランキング53位を50位以内に上げなければならない。
しかし、終わってみればトップと19打差のブービー。。
結局56位までランクを下げてしまった。
今週行われる世界マッチプレーで好成績を上げれば上がる可能性も残されているが、正直、、、無理だと思う。。
当時日本で無敵を誇ったあのジャンボ尾崎も、アメリカでの戦いでは予選を通るのがやっとだったし、日本オープンを勝ち、意気揚々と本場へ参戦した田中英道、最初は頑張ったが、ボロボロになって帰って来た丸山茂樹、どうしても通用しなかった尾崎直道、同じく水上、丸山(大輔)、加瀬等々、、実力の差は、いかんともしがたい。。
まるで高校生と幼稚園児が戦っているような気配さえある。
いや、プロと小学生ほどの差があるかもしれない・・・。。
日本で盛んに叫ばれている精神論(メンタル理論)。
これは必要なのかも知れぬが、「竹槍をもって皆でかかれば、あのB29も撃墜出来る!」と女子学生に竹槍を持たせ、軍事教育をした当時の軍部のトップ、、、あれは、戦時中の話だよ・・・と笑ってはいけないのかも知れない。
「なせば成る!!」と言い、「和を以て貴しとする」、「努力が足りない!」と叱咤激励をする(強制をするのですよ…要は・・・。)
これに(竹槍)ついては、戦後面白いジョークとなっている。
B29の空襲に、当時の軍本部が命令を出した。
「すぐに女子の竹槍部隊の200人を投入せよ!」と・・・。
そして数分後、戦地からの報告、「200人すべて爆撃によって全滅させられました・・」
すると軍本部の隊長、少し考え、「そうか、、200人では足らぬか・・・今度は300人で攻撃せよ!」と言ったとか。
B29とか戦車に竹槍は効きません!って・・・。。
器が違う、と言うが、やはり人は、生まれながらに潜在能力に差があると思う。
カールルイスがオリンピックで4冠を取った。
彼は努力で4冠を制したのではないと思う。
もともと早かった選手が、その能力を磨いただけの事・・・。
きっと、当時の日本人選手は、「まだまだ練習が足りません」と言っていたのだろう。
努力だけでは、日本人が100mを9秒台で走る事は出来ないであろう・・・。
きっと学校の教師がこんな事を言ったら顰蹙を買うのだろうけどね・・・。
(本当は分かっていると思うけど・・・。)
だけど、本当に頑張ってもらいたい。
今週も朝から応援してるからね。
昨日、朝8時過ぎから一宮へ行って来ました。
実は、一昨日の晩、顧客からの電話で、「ところで、以前依頼してあった商品サンプルが届いていませんが・・・。」との事。
(そう言えば、すっかり忘れていて手配してなかった・・・・。)
「いつまでに御入り用ですか?」と聞くと、「明日の2時から商談なんです。」と言う。。
夜の7時過ぎだったため、どう手配しても間に合いそうにない・・・。
「わかりました。私が持って参ります」と答えるしかなかった。
ナビで検索すると、一宮と言っても岐阜羽島に近い方である。
近くまで名神高速が走っているし、どうにかなるだろう・・・と言う事で見切り発車。
結局11時過ぎには無事到着し、商品サンプルを渡し、そのままUターン。
約2時間X往復のドライブだったのだが、30分も運転してると目がぼやけて来る。
最近、パソコンの前で過ごす時間が多い為、目の焦点が合わなくなっているのかな・・・?などと思いながら一時過ぎに帰宅。 お腹がすいた・・・・。
(チョコボ、一人でレストランとか食堂に入れないタイプなんです。。そのくらいなら少し我慢して家で食べよう・・・と言うタイプ。。)
前日までに済ませておけばどうって事のない事。
半日掛けて済ます仕事ではないわな・・・。
「今日出来る事を明日に伸ばすな」と言う言い伝えがある。
学生の頃、これを茶化して、「明日出来る事を 無理して今日やるな」とか言って笑っていた。
う~~~ん・・・・。。
若い頃の癖って、、一生直らないものなのだろうかねぇ・・・・。。。
ほぼ毎日と言って良いほど細かな納品がある。
チョコボの担当は、豊川、新城、蒲郡方面。
街中&東方面、田原は違う担当に行ってもらっている。
まぁ、誰かに配送を頼めば良いのだが、少しでも時間があるとすぐに遊びに行きたくなる癖がある。。
本人もお局もわかっているだけに、そんな時間潰しの仕事を、あえて作っているのだろう・・・。
先日の事、いつものように豊川へ向かっていた。
通った道は、青陵街道と言って豊橋→新城を繋ぐ道である。
2車線通行なのだが、生活道路とあってか、軽自動車とかお年寄りの乗った車も多い。
丁度右車線を走っていたのだが、交差点の手前に差し掛かった。
常日頃は、右折車が多い交差点なのだが、ラッキーな事に前には車が一台もいない。
左車線は15台ほどの車が走っている。(みんな右折車を避けるためだろう・・・。)
丁度手前で信号が赤に変わった。
一番前で信号が青に変わるのを待っていた。
その時、左車線の一番前(つまりチョコボの左に停車していた車)に停車していたおばさんの運転する黒色の軽ワゴンが、ヒョロヒョロとチョコボの前に出て来た。。
(ま・ま・ま・まさか!と思った時、、)
なんとその車、チョコボの車の前に斜めに入り込み、右折のウインカーを出しゃがった。。
しかも、キリキリに入り込んで来たため、10cmも前へ出せないし、左には車が数十台進行しており車線の変更も出来ない・・・。。
せめて、頭を下げるなりこちらを見ればよいものを、まるっと知らん顔してしゃぁしゃとしている。
(居るんだよな、、こんなの・・・。)
腹は立ったが怒鳴るわけにも行かず、まぁ、一信号、2分くらいの我慢か・・・と思っていた。
(ムシャムシャはしていましたが、、)
そして前方からの車が途絶えた。 後ろ100m位には来ているが、まぁ行くだろう・・・と思っていたが、その横入り車、ピクリとも進む仕草を見せない。。
さすがに、「プッ!プ~~~!!」と鳴らしてやりましたが、そのおばん、「何ぃ!この車・・・」ってな顔をして睨み返されました。。
(なに??チョコボが悪い事したの?・・・。)の世界である。
たまにTの路の渋滞道路に進行したい時がある。
決まって入れてくれるのは、年配の男性か、若い女性(限られますが・・・。)のみ。
ばばあは絶対に入れてくれない。。こちらをチラリとも見ようとしない。。(あれって、なんでだろう??)
意地悪じじい なんて聞いた事もないし、居たら顰蹙を買って潰されちゃうだろうけど、「意地悪ババア」って本当にどこにでも居そうで怖い・・・・。
弱き者 汝の名は ジジイなり だな・・・。。
先週金曜日は、親爺の満89歳の誕生日。
数えで言うと90歳になる。
去年は米寿(八十八)の祝いをしたのだが、今年も卒寿を祝おうとチョコボ夫婦、姉夫婦で親爺の誕生日を祝った。
実を言うと、チョコボ、、卒寿の言葉を初めて知った。
「卒」の略字が「卆」で、九十と書くことから卒寿の祝いがあると聞く。
馴染みの寿司屋で寿司桶を頼み、親爺の好きそうな刺身の盛り合わせを造った。
肉の好きな親爺に、しゃぶしゃぶかすき焼き・・・・と思っていたが、姉が選んだのは、博多のもつ鍋。。
何でも先日親爺がテレビを見ていて、どうしても食べたくなり、通販で頼んであったらしい・・・・。
「「俺はあまり食べれないから・・・」と言う親爺だが、刺身を食べ(しかも、、アワビを最初に食べ始めました・・・。。)寿司を食べ、受け皿に盛ったもつ鍋をペロリと平らげ、「モツだけ少し入れてくれ」と言う。
この中では一番饒舌なはずのチョコボよりもよく話し、日本酒もかなり飲んでいた。
「俺は100歳まで生きる」とお局に宣言したらしいが、(チョコボ、聞いておりません。。身内だと、冷たい言葉が返って来ると思っているのでしょう・・・きっと。)
冗談ではなく、本当に100歳超えをしそう・・・。
あの金さん、銀さんが100歳の祝いに、テレビのインタビューで、「今心配事はありませんか?」と聞かれ、「そうだね・・・・今はね、、、これからの老後が心配だね・・・。」と答えたのを思い出した。
まさか親爺も、20年後、どうやって日々を過ごそうか・・・なんて事を考えてるのではないだろうか。。
物事には順番と言うものがあるが、身内だけに、いつまでも元気で・・・と言う事で許してもらおう。。
このブログに訪問して下さった方、、、申し訳ありません。。
o( _ _ )o
チョコボ、いたって元気です。
先々週、ブログを書き忘れ、まぁ、今日は休もうかな・・・。
なんて思ったら、いつの間にか長い間放置。。
ネタは、あれを書こうかな、、それともこれかな・・・と思うほどあるのですが、長年染み付いたさぼり癖。
義務感がないのも幸いして、パソコンゲームにはまっている毎日です。
(還暦のオッサンがする事ではないね・・・。。)
久し振りに政治ネタから、腹立ち事件を書いた為、心の余裕を失っていたのかも。。
しかし、日々テレビに映し出される民主党の議員の面々・・・・
3年前のマニフェスト、、、あれは何だったのだろうか・・・・。。。
早く、全世界から認められるような政権が誕生しないかな。
チョコボが生きてる間は、、無理なのかな・・・・。
残念!!
デッキに咲いたアロエの花。
何だか七面鳥のトサカみたい・・・。
先週書いて、消えてしまった腹立たしかった出来事。
先週末、いつものように豊川方面へ配達に出掛けた。
豊橋のスーパー、豊川のスーパーを廻り、豊川稲荷の門前にある飲食店へ麺を卸し、豊川の工業地帯にある、ある企業の食堂へ納品に行く予定だった。
そういえばこの企業、午前10時までは10tを超える大型トラックやらフォークリフトが優先で、一般の納入車は、通れなかったのを思い出した。
時間潰しに、たまに利用する喫茶店へ向かった。
ここの喫茶店、入るとすぐに週刊誌やら新聞が置いてある大きな棚がある。
チョコボの前に65歳~70歳くらいの老夫婦が入って行った。
続いて入ったのだが、そのあばちゃんの方が本棚を物色している。
パッっと目に入ったのが「週刊ポスト」、「週刊現代」、「FRIDAY」。
(まぁ、どれかを読んで時間を潰そう・・・。)と思ってたのだが、その目の前のババア(失礼・・・おばちゃん、、、)その3種どころか、そこにあったありとあらゆる雑誌&新聞を手に抱えて席に行ってしまった。(十数冊・・・)
残った雑誌は、ノンノンとか地元の情報誌だけ・・・。。
丁度隣の席だったのだが、その抱えた雑誌を隣の席にドカっと降ろし、新聞を読み始めた。
(余程、「今読んでないのなら一冊見せて!」と言おうとも思ったが、気弱なチョコボの事、そんな勇ましい言葉も出るはずもなく・・・。。)
すると、そのおばちゃん、読み終えた新聞を棚の方に返しに行った。
(な~~んだ、えらいじゃん・・。)
と思ったのもつかの間、本棚から帰って来たおばちゃんの手には、他の方が返却したのであろう他の週刊誌5~6冊が握られていた・・・。。
(あちゃ~~~・・・なんというババアなのだろう・・・。。居るんだよな、、こんなの・・・。)
何時間粘るつもりなのか知らないが、いくらなんでも20冊近い雑誌を独り占めでモーニングタイムを過ごすつもりなのだろうか。。
以前にも、込み合う新幹線のプラットホームで、列車が駅に到着するやいなや2列に並んでいる横からスっと入り込み、手荷物を周りの座席に置き、遅れて入って来た連れに、「ここここ!」と言って涼しい顔して座っていたババアが居た・・・。
ゴルフ場でのカメラ持込みやら、平気な顔での撮影・・・。。。
本来なら、慕われ、尊敬されるべき人生の経験者。
あんなのが、他人に説教してるのだろうか・・・。
イヤ!あんなのこそが、したり顔して、正論ぶって他人に文句を言ったりするのだろう。
身障者専用の駐車場に堂々と停めて行くアベックやらババア(男だけの場合、意外と少ないようである。男の場合、多少は周りを気にするのだろう。)
ゴルフ場と同じようにオンブズマン又は、シークレットサービスかなんかが居て、「おい!!」とか言って注意してくれないかな・・・。
自分には、あまり損になった話ではないが、何だか ひじょ~~~~に腹が立った出来事・・・。。
さっき、今日の腹立たしかった事(午前中の出来事)を長文にして書いたのだが、どこで間違ったのかアップされていなかった。。
また改めて書き直します・・・。
写真は、ほんの少し実を付けた千両。
数年前に、びっしりと実の付いた千両と万両の木を買って2Fの坪庭に植えてあった。
ところが、ここ数年実の成ったこの木を見た事がない・・・。
昨年の冬、この2本の木を鉢植えにし、デッキに置いてあった。
今年の冬、少しながら、この2本の木に赤&黄の実が付いていた。
まだまだ綺麗に・・・と言うものではないが、それなりに嬉しい。
オリーブの樹は、近くに類似する樹種がないと実を付けないと聞いた事があるが、これもその類(たぐい)だろうか・・・。
やっぱり、南天よりも千両の方が好きかな・・・。