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太平洋戦争が終わって65年目の夏。



元々敗戦濃厚だった日本は、この原発一発で敗戦を覚悟し、2発目で息の根を止められた。


あの戦争はなんだったのだろうか・・・。


自分なりに考えてみた。
今から7~80年前、東南アジア諸国は、列強と呼ばれる大国(特にアメリカ、イギリス、フランス)によって植民地化されていた。インド、インドネシア、タイ、ベトナム、フィリピン、隣りの大国中国まで国民は奴隷のように働かされていた。


最後の砦はアジア最東の日本である。
アジアのリーダーを自覚する日本は、その植民地化を阻止すべく先制攻撃に出た。「大東亜共栄圏」を旗印とし、中国に「満州」を建国した。
そして、東南アジア各国を大国から死守しようと出兵した。これが侵略戦争と呼ばれる所以である。



単純に言い換えてみよう。
ある所に日本中学があった。その地域には大小さまざまな小学校、中学校がある。
ところがある日、山を越え、米高校、英高校が、その小中学校を締めにやって来ていた。
所謂「番長」となって一体を治めていたのである。



危機感を抱いた日本中学は、己の身を守る事と、仲間を救うと言う大義名分を持って高校生に決闘を挑んだ。住んでいる近所の学校を仲間に入れようと必至に説得に廻った。中には日本中学を面白く思っていない輩も多くおり、裏切り、高校連合にチクル連中も居た。
しかし所詮中学生と高校生。。体力の差はいかんともしがたく、結果はボコボコにされ、結局は高校連合軍の言いなりとなった。
米高校は日本中学に対し、「いいか、、これからはオレの配下になれ!その代わり、どこかの学校がお前の学校を締めに来たら言って来いよ。代わりに俺がその学校をボコボコにしてやるからよ・・。」と約束をさせられた。
とこんな感じである。。


「みんなを守ろうとしてやった事だ!」とある人は右を向いて叫び、「嫌がる小中学生に金を持って来い!」と脅したじゃないか!」とある人は左を向いて反論する。



結局は、勝者が歴史を作って来た。
勝者の認識・・・「むかしむかし、ある所に日本中学と言う悪名高い嫌われ者が通う学校がありました・・・・・。最後は、体力にものを言わせ、その悪人達を完膚なきまで叩きのめしてやりました。。」


こんなおとぎ話が正論化されてはいけないと思うのだが・・・・。



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