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1600年、関が原の戦いで勝利した徳川家康は、行政に取り掛かった。
力のある大名は遠方へ追いやり、その城も一城のみとし、他は全て取り壊させた。
年に一回の参勤交代を義務付け、その財力を弱めた。
地方の重要な都市には親藩大名(縁戚関係)を置きいつも目を光らせていたし、重要な街道沿いには、関が原の戦い以前からの親派、譜代大名を置き外様大名を監視した。
その後、大名の軍事力を弱めておいて、武家諸法度を出し、武家社会の統一を図った。
大名を押さえ込み、農民がきちんと年貢を納めている限りは、幕府の支配は永続するのだ。。
今の日本と、ちっとも変らないではないか・・・。。
地方都市には天下りの役人を送り込み、県知事等の権限を押さえ込む。
国民からは過大な税金をむさぼり、いいように無駄使いする。。
役人と名が付くだけで、何か文句でも言おうものなら、「切捨て御免」くらいの気持ちでいるのではなかろうか・・・。。。
こりゃぁ、やっぱり大改革が必要だな・・・・。。。。
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