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先週 我が家の息子のバンドのライブが大阪であった。
その時に、応援してくれている女性達からこの松栄堂のお香を頂いて来た。
家に帰るなり息子が「これ、お母さんに・・だってよ」と渡してくれたのだが、お局・・・「なにぃ・・・松栄堂のだよ!・・・。」とビックリしている。
何で我が家が松栄堂のお香を愛用しているのを知っているのかが不思議だったようである。
聞けば、以前ブログで松栄堂のことを書いたことがあったのだが、彼女らはそれを見ていたらしい。http://yamanifoods.blog.shinobi.jp/Entry/113/
息子つながりで、こんな拙いブログを読んで頂いて非常に恐縮している。そして非常に感謝している。
そして東京からも、息子つながりでブログを読んで頂き、私の好物を送って下さる方がいらっしゃる。
感謝の念に耐えない。 何かの形でお返ししたい。
最近、色々な方から”読んでますよ”とのお声を頂く。
本当!読んでくださる方、ありがとうございます。
チラ見で結構です。又いらして下さいな。
追・・・・・急遽#4444をキリ番に致します。
踏まれた方、是非御一報を・・・。
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学生の頃からノンポリだった。
我々が大学へ通っていた頃、全学連とか民青とか言われる過激派グループが学生運動を行い、構内を牛耳っていた。
ある日、校門から入ると、そこにバリケードが築かれておりリーダーと目される男がスピーカー片手にアジっていた。
彼の前ではヘルメットをかぶり、タオルを口の辺りに巻いた男達がビラを配っている。
ポケットに手を突っ込みながら歩いていたチョコボは、手を出すのが面倒でそれを受け取らなかった。
しばらく歩くと、今度は5~6人の女学生が前記の男達と同じ格好をして、やはりビラを配っていた。
私の前を歩く女学生がそれを受け取ると、一瞥してポイと投げ捨てた。
すると、その5~6人のヘルメット姿の女学生達が、ビラを捨てた女学生を取り囲み、胸倉を掴んだり、押したりして恫喝し出したのだ。
その女学生は、今にも泣き出しそうであったが、誰もそれを止める奴などいない。
もちろん、このチョコボも、チラっと振り向いただけでその場を後にした。
今思い出すだけでも、気持ちが悪い出来事だった。。。
彼女達は、良い主婦であり、母であり、今頃、良いおばあちゃんになっているであろう普通の人生を送ったのだろうか・・・。
その人生を、そーっと覗いてみたい気がする。
10代の改革派、20代のノンポリ派、30代の事なかれ付和雷同派、40代の保守改革派、50代からの保守派。
そうして又、歴史は繰り返される。
今では、「チャーミーグリーンのCM」と言ってもピンと来る人は少ないかも知れない。
今から20年程前のCMで、老夫婦が、ベレー帽にアロハシャツ、おばあちゃんは、ムームーを着て、海が見える丘を手を繋ぎながら歩いて行くCMがあった。
何故かしら微笑ましく見ていたのを思い出す。
丁度一年前の結婚式のスピーチに、この話をしたのだった。
私にも夢があります。と・・・。
あと20年くらい経った時に二人で手を繋いで歩きたい。
それには、お互いが元気でいなければならない。おじいちゃんは元気なのに、おばあちゃんは車椅子・・・では、夢が叶わない。 夢を叶える為にお互いが元気でいようと思う。
今日結婚したお二人も、50年後にこんな事を現実として叶えて欲しい。
こんな話をした。
さぁ・・・お局と、、、、、もう少し一緒に歩いて行こう。。。
チョコボがまだ若かった頃の話。
(聞いた話だから、ちょっと湾曲されてるかも・・・。。)
知り合いにK代と言う20代前半の女性がいた。
友人のT子が、会社の取引先の30代半ばの課長と不倫をしてると聞いたK代は、彼の会社へ電話をして、彼を近くの喫茶店へ呼び出した。
心の中では、”ふざけないでよ!イイオヤジが!・・。”とか、”あなたみたいなハゲオヤジが、奥さんの面倒も見れないのに若い娘を好きになる資格があるの?” とか辛辣な言葉を用意し、どうしてもギャフンと言わせて別れさせたかったらしい。
そして、その彼がやって来た。。
なんと、、その彼は田村正和のような(今で言う木村拓哉のような)ダンディで知的で、格好いい超エリートの男性だったのである。
30分くらい雑談し、「これからも宜しく~」とか言って別れたK代は、翌日T子を呼び出しこう言ったという。
「ねぇ、あんたどうやって知り合って、どうやって付き合い始めたのよ・・・。」
「今度そう言う機会があったら、私にも紹介してよ。」 と。。。
私の知人の名言。
「浮気は、男が一方的に悪く言われるが、、、、それは、女の”イエス”から始まる」
。。。
いつの間にやら、もう12月。。
チョコボの住んでいる豊橋の郊外では、12月のあわただしさやクリスマスらしさなどは、あまり見かけない。
先週末、知人と待ち合わせて久し振りに繁華街で飲んだ。
さすが街中、、華やかなネオンに混じってクリスマスソングが流れてくる。
”ジングルベル”やら、山下達郎の”クリスマス・イブ”が流れている。
でも、チョコボが好きなクリスマスソングと言えば、絶対に「ママがサンタにキスをした」である。
”あのね・・・。ママに早く寝なさい。って言われたんだけど、絶対に今日は僕、サンタのおじさんを見ようと思って、ずーっと起きてたんだ。 そしたら玄関が開く音がして・・・・そーっとママのいる部屋を覗いたんだ。 そしたらね、、、そしたらママがサンタにキスをしてたんだ。真っ白なおひげのサンタさんだった。。
でもね、それは、僕の大好きなパパだったんだ。”
どうです?何だか微笑ましくって思わず口ずさんでしまいませんか?。。。。
昨日は、この「尾の身」の美味しさについて書いた。
今では、もうほとんど食べる事の出来ない幻の食材となってしまったようだ。
IWC(国際捕鯨委員会)が捕鯨の禁止を決めたのが、1980年代から1990年にかけて。
欧米諸国の強い反対を受け、商業捕鯨の規制を強めた。今では調査捕鯨と称する年間数頭の捕獲が許されているのみである。 これだとて、各国から反対の意見が続出していると聞く。
鯨そのものを、身、骨は当たり前として、歯、ひげ、皮まで全て利用したアジア諸国&北欧に比べ、鯨の油を取る事を目的とした欧米諸国との捕鯨目的に大きな違いがあった。
今から20数年前の事、アメリカにおける捕鯨反対の集会をテレビの番組が流していた。
そこに集まっている人々は大声で同じように叫んでいた。「あなた達、海へ潜ってクジラの親子を見てごらん。 仲良く寄り添うそれは、魚なんかではなく、動物なんだよ。海の神様なんだ。それを食べるなんて、とんでもない事だ!」と、一見納得出来る様な意見をまくし立てていた。
でも・・・・。。と思った時、取材をしている日本人の記者が、「でも、あなた達が集まって、今ここであなたが食べているチキンや牛や豚も動物ですよね? 同じように親子が寄り添っている姿を見ますが、これは、良いのですか?」 と質問した。
拍手喝采である。(その通り!と思って見ていた)
が・・・・彼が言った言葉・・・「何を言ってるんだ。鳥や牛や豚は、神が我々に食べてもらうようにこの世に創造した生き物なのだ、だから、鳥や牛や豚は、我々に食べられる事に至上の喜びを感じている筈だ。でも、残念ながら、鯨は、、そのような目的で神は創造されていない。。。だから駄目なのだ。」
私は絶句した。。。(ノアの箱舟か・・・。。)アーメン。。。。
今、まぐろに捕獲規制が入った。
そのうち、なまこを食べてたら、「その食べられている姿を、母なまこが見ていたら、きっと悲しむであろう。。」とか言いそうだな。。。アーメン。。
昨晩は、早めの食事を取り、暖を取って8時頃には床に付いたのだが、夜中(2時頃)に我が家の猫達が「外へ出してくれ」やら、外に出かけた猫は、「家に入れてよ~」などうるさく言い寄ってくるので、結局目が覚めてしまった。。
以前、お局とこんな話をした事がある。
生き物は、輪廻転生。必ずその終りがやって来る。
その時に、もしこのチョコボの方が早く逝くようだったら、オレは、ベットの中からお前の手を持って、「色々苦労を掛けたけど、お前のおかげでとっても良い人生を送る事が出来たよ。」と言って息を引き取りたい。
もし、お前が早かったら、ベッドに横たわるお前の手を持って、同じように「色々迷惑を掛けたけど、お前のおかげで楽しかったよ。オレは、この人生を大切にしたいから、もう生まれ変わる事は、しないけど、お前は、もし生まれ変わったら、今度はオレみたいな男に捕まるんじゃぁないぞ。」と言って送るから。。
と言うと、お局は、「あんたって、、、本当こすい男だね!」と言ったまま黙り込んでいた。
ふと顔を覗くと、その顔は涙で溢れていた。
詭弁ではなく、本当に、いつも思っている言葉なんだから。。。
岩崎学園園児(小学校高学年)が描いた「はみがき」
我が家の息子が、この岩崎学園の学園祭に10年程ライブ出演をさせてもらっている。(理由は又いずれブログに載せようと思っているが、下記の「宝物」の日記に一因がある。http://yamanifoods.blog.shinobi.jp/Date/200708/6/)
下段の絵と言い、この絵と言い、何故か唸ってしまう感性がある。(まだまだ沢山の絵が飾られていました)
ここの生徒の中から本当に画伯が誕生して欲しいなと思う。
昨日の「たかじんのそこまで言って委員会」でも話題として取り上げられていた、日本人の英語力。
我々世代を含め、中学校、高校で6年間。大学で2年間。都合8年間も英語の授業を受けて来たのに、ほとんどの人間がしゃべれない。
以前テレビを見ていて、”その通りだ!”と思った事があった。
あるアメリカ人が「日本人の英語力が弱いのは、学校で教える授業が、文法から教えてしまうからだ。」と。。そして「世界中の子供が、3歳頃には母親の言葉を覚えるでしょ? その方法で英語を教えれば、誰でも簡単な会話は話せるようになりますよ」と。 そう!ヒアリングが絶対必要なのに、ややこしいグ文法から教え込まれた気がする。 言ってみれば、我々は赤ちゃんなのだ。 簡単な会話で、いつの間にか身に付く。と言う授業が何故なかったのだろう。 1時間の授業で、英語しか話してはいけない授業とか。。
これも詰め込み授業の弊害なのだろうか。
チョコボの同級生に手広く学習塾を展開している男がいる。
彼は、大学の2年の時に休学届けを出し、単身アメリカ、イギリスに渡った。(放浪の旅で、アルバイトで暮らしたと聞いた。)
1年後に復学。2年後卒業し、そのまま英語塾を開いた。 今では数十軒の学習塾を経営する実業家である。
小賢しい学習を習うより、彼の学習こそが英語を身に付ける手段なのに。。
そう言う彼も、、、、教えるには、きっと(入試の為)文法を教えているんだろうなぁ。。。
昨15日は、お局の、うんじゅううん歳の誕生日。
(しかし、幾つになったら女性の歳を堂々と言って良いのだろうか?・・・まぁ、永遠に。としておこう。)
チョコボの昨日は、あいにく朝から業者会のゴルフ、夜は表彰式&宴会。
ゴルフの途中で、手伝いをしてくれているK子嬢に電話で花を手配してくれと頼んだら、花は沢山あるし、ケーキも用意してあると言う。
では、チョコボからの贈り物は、愛のこもった「オメデトウ」の言葉。と言う事で・・・。
宴会を早々に切り上げ家へ帰るとお局の姿がない。
スポーツクラブの夜の部へ出掛けて行ったと言う。(前日サボったから、と言うことらしいが、こんな日は休めばいいのに・・・。)
ふと、、、現実として、あと何回二人でこうして誕生日を祝えるのかな?と考えたら
ちょっと切なくなった15日の夜。
今日は、月2回配布される広報&回覧物の配布日。
毎月1日、15日との2日、市からの指導で広報が廻って来る。
その配布物を町内の区長さん宛てに配るのが、町内役員の仕事の一つとなっている。我々の住んでいる町内は八区に分かれており、総戸数910軒程。
各軒配布物が、4~5種。回覧物が5~6種。
その配布物を8っの区へ100枚から130~140枚を配るのだが、たまに920枚ドンと置いてある配布物がある。市の関係は100枚毎紙が挟んであるのだが、他のはそうでない物がある。これを128枚とか、143枚とか数えて8区に分けるのが面倒なのだ。残数(余分数)が合わないと、又数え直しとなる。
以前にも自治会長さんに申し出たのだが、「ハイハイ」の返事だった。。
性格上、100枚単位で区切ってない物は受け付けません。と言いたい所なのだが、ブツブツ言いながら数え直している。
これだけは、何とかして欲しいなぁ~。。。
10年程前に、何気ない夫婦間の会話の中で老後の話となった。
「我が家は一人息子だから当然息子夫婦と一緒に暮らすんだよな?」との質問に、
「私達の人生を私達自身が選んだように、あの子にもあの子の人生がある。それを決まりだからと言って、息子に老後を押し付けるのは反対だ」と言った。
そして、「あの子が結婚したら、新婚家庭でマンションにでも住んでも良いし、そのまま我が家へ入居しても良いし。。。」との意見だった。
(うん、なるほど。。)
極めつけは、「その方が嫁、姑の問題がなくていい。老後だってお金さえ持っていれば完全看護のホテルのような老人ホームがある。その方が幸せな老後かも知れないよ」と言った。
「そうだよな。その方が幸せかも知れないな。そうするか。」とポツリと言うと、、、、
「えっ!・・・私は、、、、だよ。。」 と返された。
「それは、こすい!。。オレは?」 と言うと、「なぁ~んにもこすくなんかないもん。 二人で稼いだお金を同じように分けて、あなたは使った。そして私は貯めていた。と言うだけだもん」 と突き放された。。。
正論である。
誰かお局が「私の考えが間違っていました」と言えるような意見のある人いないかなぁ・・・・・。
いるわけないよなぁ・・・・・・。。。。
我が家には、この「きなこ」を含め都合5匹の猫が居る。
一番の新参者がこの「きなこ」&「あんこ」の親子である。
http://yamanifoods.blog.shinobi.jp/Entry/29/
本来、このチョコボは猫嫌いであった。 理由は、若い頃から趣味で飼っている金魚である。 何度野良猫に金魚を捕られたことか。。。。
ある時など、猫退治用にエアーガンを常備していた程であった。
ゴールデンレトリバー犬の「クッキー」がいた頃はある程度番犬となっていたが、なんせこの「クッキー」も人が良い。。。(お分かりかと思いますが、突っ込み所ではありませんので・・・。)侵入者(猫)には、体力に任せて威嚇してくれるのだが、顔なじみになってくると一緒に遊んでいるのだ。晩年には2匹の猫と一緒に寝ていたた程である。。。
不思議な事に、猫も飼い猫になると金魚を食べない。おなかが空いた時には、金魚よりキャットフフードを好むようだ。(しかし、刺身とキャットフードなら、刺身をねだりにくるなぁ・・・。)
この5匹の猫たちも良く知っていて、こいつは猫好きか嫌いかは、分かるようで、ほとんどの猫がお局に擦り寄って行く。
ご飯をねだりに”ニャ~ォ”。。食後に、ひざの上で”ゴロゴロ”。。
中には、チョコボの顔を見ると逃げて行く猫もいる。(何年住んどるんじゃぁ!われ!と怒ってはみるが・・・。)
で、今一番可愛いのが、この新参者の「きなこ」&「あんこ」親子。
夜になると、いつの間にか私の布団の中に潜り込んで来ている。
隣でゴロゴロ言う声が聞こえる。
可愛いに違いない。。。
連日テレビ、新聞を賑わしている民主党小沢代表の辞任騒動。
テロ特措法については、自民と民主では隔たりがあろうが、もし、今最低限協力出来ている給油活動も中止して、我々は平和国家を目指している。だから何の協力も出来ません。と言ったとしたら、まるで太平洋戦争の国連決議における松岡大臣の行動に等しいのではないかと私は思う。 もし、それでも孤立しない方法があったら教えて欲しい。
小沢代表も、テロ特措法の延長は”NO”だが、ISAF(国際治安支援部隊)には協力すると言う。
ISAFだって給油活動と何ら変わらない、、、、いや、かえって武器調達の協力なのに・・・。と思った。
そして、今回の連立会談。その後の辞任騒動。 今朝も鳩山幹事長がTVに出て、「私のところには、読売新聞の渡辺主筆が同じ事を言って来た」とハッキリと言った。 何だ!あのオッサン。。
私は小市民だから言いたい事を言うが、2年前のプロ野球の騒動の折、「たかが選手が何を言ってるんだ。」の発言から、あのオッサンが大嫌いである。
長島監督の首を切ったり、原を修行の旅に出していた発言は、まぁ許すとしても、何で今更そこに首を突っ込むかなぁ・・?あと数年後の旅立ちを予測して、最後の大仕事!とでも思っているのかも知れない。中曽根元総理とも仲が良いから、つるんで悪仕掛けをしたと思うが、中曽根爺さんなどは小泉に引退勧告され、しぶしぶ引き下がった経緯があるから、まだ俺は・・・俺を誰だと思ってる!などと思い、院政でも引きたいのだろう。 もう良いから、あんたは早朝のTV番組「時事放談」で野中ジイヤと一緒に昔の自慢話でもしてればいい。
そのふんぞり返った態度と、密室政治、癒着体質を「NO!」と言って、多くの国民が民主党に一票投じた意味が分かっていないなぁ・・・。
それにしても、あのオッサン・・・・どうしてあんなに威張れるのだろう。。。
昨昼、息子の部屋に誰か遊びに来ていると思ったら、LooselyのVo.大悟だった。
Looselyは(以前の日記にも書いたが)2年程前にSONYからメジャーデビューを果たし、その後地道な活動をしていたが、今秋再びメジャーデビューした。
素晴しい!の一言。心より応援してあげたい。
http://www.loosely-net.com/index.htm
今、又テレビでお笑いブームだと言う。
確かに、さんま、紳助などの司会は、見ていて気持ちの良い位の駆け引をして、ゲストの良さを引き出している。
先日もある番組でゲストの女性を持ち上げた後、自分の体験トークに入ったのだが、それを聞いていたゲストが、「ほら!さっきのやっぱり嘘だったじゃぁないですか・・。」と言うと、目をショボショボさせながら、「オレ・・・君の為やったら、死ねるで!」と返していた。 女性にとっても、悪い気がするわけがない。
あの、いたずらっ子のような目が、女性の母性本能をくすぐるらしい。
以前は、寡黙でスポーツマン。そして二枚目。。と言うのが、もてる男の条件だったのだが、今では、面白さと、やさしさが条件となっているようである。
確かに、高倉健や加山雄三が「何言うてんねん!君の為やったら、死ねるで!」と言っても似合わないだろうなぁ・・・。。
以前さんまが、「男は、失恋の数だけ女性に優しくなれる。」と言っていたが、、、
待てよ・・・・・。。じゃぁ、、キムタクとか、福山雅治とかは、女性に優しくする術(すべ)をまだ知らないんだ。。。。
数年前の雪印に始まり、不二家、ミートホープ、そして今度は伊勢の名物赤福餅とお福餅が、製造日及び原料表示の不正が見つかった。
そして、テレビでは、スーツ姿の会社の役員が3~4人揃って頭を下げる姿が映し出されている。
このチョコボも食品を扱っているだけに、気を付けなければ・・。と思う。
実際取り売り商品の場合、商品が出来上がって来ているので、製造過程での確認の余地は無い。
定期的にチェックしなければならない・・・と思う。
以前のブログにも書いたが、「崎陽軒」のシュウマイ。 あの商品は、”チルド”(2~3日の消費)”真空レトルトパウチ”(3ヶ月)”冷凍”(半年~1年)と分類してある。
客の方も承知で購入する。
赤福も、売れ残りを冷凍して再加工するなんて姑息な事をせず、「2~3日でお食べください」と、「冷凍ですから、解凍後お召し上がり下さい」と堂々とやれば良かったのに・・・と思う。 冷凍技術はものすごく発達していて、以前の「日持ちさせる」コンセプトから「作り立ての美味しさを、そのままパック」という観念に変わって来ている。客にそれをチョイスさせるのも良いと思う。
きっと、”冷凍”という響きが、「店頭には並べてはならい商品」と言う観念で固まっていたのだと思う。
現に私など「崎陽軒」のシュウマイは、喜んで冷凍の商品を頼む。その方が安心である。(その商品が、チルドの売れ残り商品だとしたら、もうどうしようもないのだが・・・。)
聞けば、今までの偽装発覚等は、全て元従業員、役員の内部告発である。
今日も又従業員を集め、「こう言った製造上の話は、絶対口外しないように。」とか言ってる社長がどこかにいるんだろうなぁ・・・・・・・。
以前、義母が(お局の母上です。今年80歳。背筋はピンとしているし、今でも大きな乗用車を乗り回している。正装でもしたらチョコボと同じ年回りに見えるかも知れない。)我が家へ来る途中にあった出来事。
豊橋の郊外にある我が家へ街中から来るには、途中国道一号線を横切らなければならない。 ある日、豊橋の東方面から我が家へ向かった義母は国道一号線を横切ろうとした。
あいにく、その交差点は、旧東海道と平行して走っており、交差点を超えるとすぐにそれと交わる十字路があるのだ。 一台の車が右折をすると、もうそれだけで渋滞がおきてしまうのである。
信号が赤に変わろうとしている時、前の2~3台の車が左に避けて行ったらしい。
それが近道(迂回路)だと思った大局は、その車の後について行ったと言う。
しかし、入って行った道路は、またまた渋滞であったそうだ。。
5~6分すると、右手に若いお嬢さんが来て、「いらっしゃいませ。御注文をお伺い致します」と言ったそうだ。 訳の分からない大局は、「はい。ありがとうございます。でも今日のところは結構です」と言ってそのまま出て来たらしい。
我が家へやって来た大局は、そんな話をしてくれた。
「ところで、あのお嬢さんは何だったのかねぇ~・・・。」とお局に聞きながら。。
そう。マクドナルドのドライブスルーに入ってしまったのである。。
このチョコボ、数分間笑いが止まらなかった。
今、思い出しても笑いが込み上げて来る。
いつまでも可愛い大局と、その血を引いたお局である。
チョコボの好きな言葉。
”子供叱るな、来た道ぞ。 年寄り笑うな、行く道ぞ。”
いつまでも長生きして欲しい。
色付き始めた黄千両と赤千両の実。
秋と言って思い浮かぶのが、食欲(味覚)、スポーツ、読書、旅、恋・・・等等
ちょっとネガティブに、紅葉、枯葉、落ち葉、ススキ、月、物思う、失恋、並木道。。
四季の移り変わりがハッキリとあり、それぞれの趣があるのは日本独特の文化なのだろうか。 他国の事を特別調べた事もないが、日本に生まれて良かった。と思う季節である。
そう言えば中学1年の冬。 何の研修なのか忘れたが、母に河口湖畔の研修所に行かされた事があった。 15名程の同世代の学生が集まり3日間程の研修であったと記憶している。 そこである晩、”今度生まれ変わったら。どこの国で生まれて来たいか?”の質問があり、ブレーンストーミングと言われる、要するに忌憚の無い意見交換をしましょう。と言う趣旨の研修での晩の事。
ほとんどが”アメリカ”、”フランス”、”イタリア”、”オーストラリア”と先進国と呼ばれる優雅な生活を想像させる国々を挙げていた。(もちろんこのチョコボもアメリカ!と答えていた。。) その中で、山梨県から来ていた同じ中学1年生が「僕は、生まれ変わっても、絶対に日本人として生まれて来ます。僕は日本が大好きですから。」と答えた。 素直に”カッコいい!”と思ったし、何だかミーハーな答えをした自分が恥ずかしかったのを覚えている。
ひょっとしたら彼は今、学者か政治家になっているのかも知れない。
方やチョコボは、今この歳になって、初めて「今度生まれ変わっても、日本人として生まれて来たい」と思えるようになった気がする。(愛国心はどこへ忘れた!と言う声が聞こえて来そうだ。。。)
話は違うが、冬のイメージ・・・・。特に”北の大地”などと言うと、冬ごもり、冬支度、大雪、など切ないイメージがあるが、積雪を待ち望み、ウインタースポーツ到来!と、スキー、スノボーへ行く事が学生、OLの楽しみの行事の一つになったのは、いつの時代からなのだろう・・・?
さぁ・・・そろそろセーターでも出そうか。。
秋を迎え、赤く実の熟した「ツリバナ」。
高校の同窓会の主催で、卒業15周年と30周年が当同窓生によって行われる。
30周年を7~8年前に行ったから我々も、もう、いい加減いい歳になったものである。
15周年を迎えた時、高校時代に担任だった教師とこんな話のやり取りがあった。
(ちなみにその教師は、当時もう教職を退職されており、開業医の息子の家で孫の面倒を見る日々だとおっしゃっていた。)
「ねぇ~チョコボ君・・・私が在職していた時には、”勉強の出来る子=良い子。
勉強の出来ない子=悪い子。と思っていましたが、社会に出てみると、決してそうではないんですよねぇ・・・。」 と真顔で真摯な顔をしてポツリと言った。
私が「先生。。そんな事を言ったら、我々の高校でまぁまぁ成績の”良い子”が、もっと偏差値の高い高校へ行ったとしたら、その”まぁまぁ良い子”が”悪い子”になってしまうし、その逆の場合だってあるじゃぁないですか・・・。」と返すと、「そうなんですよね・・・。在職中は、そんな事を考えなかったんですよね。。」と言った。
”そんな馬鹿な。。。”と心で思いながら、他に返す言葉が無かったのを覚えている。
先日、町内会での会合で、3年前に公立高校を退職された元校長先生にこの話をしたら、「はぁ・・・・・。。もちろん私はそう思っていましたが、言われれば、そうですね。。。」 と、つい数年前にも”出来る子=良い子”の図が、この元校長先生の頭の中にあった事をポツリと洩らした。 「いゃ~ そんな事は無いですよ。中には、そう言った教師もいるのでしょうが・・。」との言葉を待っていた私は、その話題を終わりにした。 へぇ~・・・・。。やっぱり、、これが今でも教育の図式なんだ。と思いながら。。
では、小学校の徒競走に於いて1、2,3番を決めず、上位3人は頑張ったのだから、順位など付けずゴールテープを手を繋いで仲良く一緒に切りましょう。ってやつ。。あれはどうなんでしょう?と聞くと、「まぁ、頑張ったのだから、そこに差別は付けないでおきましょう。と言う事ではないですか。」との見解であった。 それなら高校、大学入学時に偏差値など付けなければ良いし、ましてや、4番以下の子供は切り捨てではないか。
正しく、上位の子=良い子。 4番以下の子=どうでもよい子。の図式になってしまう。 地方格差を叫ぶ前に、もっと大切な教育があるような気がする。
(まぁ、これもPTAの”天の声”の影響力が大きいと思うが・・・。)
豊かな人生とは、決して鮨詰め教育によって得られるものでは無い!。
と、声高らかに叫びたいのだが、負け犬の遠吠えみたいに聞こえそうだから、このブログで、そっと穴を掘って叫ぶ事にした。
『王様の耳わぁ、、、、、ロバのみみぃ~~~!!』