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三ヶ日の山里にある「ラ・ローズデパン」。
http://la-rosedesvents.com/
10日から始まっている「来本節子」女史の布花展を、お局が見たいと言う事で行って来ました。
が、残念な事に、お目当てのバラの花は、まだ開花前・・・。
でも、布花数点を購入し、園内で昼食を取り(ピザでしたが、園内は満席で数十分待ち・・・。)帰宅。
途中、気賀の町で名物の「味噌まんじゅう」を買う。
数件の味噌まんじゅう屋があるのだが、親爺が以前話していた、子供の頃から通ったと言うお気に入りの饅頭屋を探してみた。
場所を確認して、そこへ行ってみたのだが、その場所にはもう店がない・・・。
近くに出来たバイパス沿いに新しい店舗がある。
その店も有名と言う事で、以前買った事があった。
仕方がないのでその店の味噌まんじゅうを買い、親爺に持って行った。
何の事はない・・・・
親爺のお気に入りの店が場所を変え、我々がお気に入りだった店の場所に移っただけの事だった。。
結局は、親爺が子供の頃から通った店と、我々がいつも買う店とは同じ店だったのだ・・・。
こしあんのあっさりした食感に、いつもは”饅頭怖い!”のチョコボが、3ヶ完食。
(メロンと言い、、甘党になっちゃったか・・・。)
残した仕事を片付け、夜は予約しておいた中華料理の「豊順」へ・・・。
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新規に参入した「ローズマリー」。
肉料理や焼き物に重宝している。
ローズマリーそのものは、もうずいぶん前からデッキの鉢植えにあるのだが、なぜだか我が家のローズマリー君達、成長がいまいちである。
枯れはしないが、ブワーっと新芽が出て来る様を見た事がない。。
よそで見るローズマリーは、立派な垣根を作っているのに・・・。
さっき、金魚の餌やりをしながら、ふと、、よくゴールデンウイーク明けに言われていた五月病の事を思っていた。
そう言えば、五月病なんて言葉があったな・・・と。
新入生、新社会人になって、新しい周りの環境に慣れ親しめず、精神的な病をおこす、いわゆる鬱病的な症状である。
今まさに、そんな新人君達が多いのだろう・・・。
チョコボはこんな症状はあったのだろうか・・・。。
歳をとっても5月病は毎月の事。 う~~ん・・・思い出せない。。
あまりの天気の良さに、ふと、どうでも良い事を考えてしまった。。
「Boys, be ambitious(少年よ、大志を抱け)」 か・・・。
世間で言うゴールデンウイークも終わり、通常の日常へ・・・。
と言ってもチョコボ宅では、例年の事ながらゴールデンウイークも、大型連休もあまり関係なし・・・。
サービス業の辛いところだが、小さい子供がいるわけでもないし、あの数十Kmの渋滞の中に入って行く勇気もないし・・・。
お出掛けしたのは、唯一この「テルマエ・ロマエ」と言う映画を見に行っただけ。
連休の初めだと思ったが、夕方からの上映で、映画館に入ったら8割ほどの入りで、少しビックリ。 もっと少ないのかと思った。。
テレビで予告編が頻繁に流れていたのと、イタリアでの試写会で大絶賛を受けたと聞き、どうしても見たくなった。
まぁ、肩の凝らない気さくな映画。とでも言っておこう。
ローマでのロケと、1000人を超えるイタリア人のエキストラには感心したけどね・・・。
映画を観終わり、普段なら「何か食べて行く?」となるのだが、お互い何も言わず直帰。
お腹の調子がいまいちだったのと、どのみち待ち待ちだろうとの思いから家でのんびり夕食を取る。
(ポップコーンを食べ過ぎたせいもあるけど・・・。)
さぁ、来週あたりどこかへ出掛けてみるか・・・。
デッキのポット鉢植えに咲いたラベンダー。
何だか愛しい。
先日ブログに書いた(癌が見つかったと言う)先輩の話。
今から20年ほど前の話。
何を思ったか知らぬが、ある日から、本業の出版関係の仕事とは別に、工業用薬品の取り扱いを始めた。
まず初めの売り込み先に豊川市役所へ行ったと言う。
ここにはJ高校時代の同級生が総務課長で在籍していた。
市内に多々ある小学校、中学校のプールに必ず使っている塩素消毒液を売り込みに行ったのだ。
市役所では、もちろん入札制で購入しており、豊川のある薬局が独占していたと言う。
色々な情報を聞き、その入札日を待っていたそうである。
そして色々な営業活動が、現在納入している薬局の社長の知るところとなった。
後日、電話で呼び出され、その薬局の会社へ行ったと言う。
開口一番、「お前なぁ・・・豊川の〇〇ちゃん、知ってるか?(ヤクザの名前だったらしい・・・。)俺は随分前から親しくしてもらっている。まぁ、おとなしくしていた方がお前の為だ・・」と言われたそうである。
「そんなものは関係ないし、連れて来るなら、どうぞ。」と言って席を立ったそうだ。
駐車場へ向かうと、隣で話を聞いていた奥さんが近づいて来た。きっと、「ごめんなさいね・・・うちの人、あんなのだから気にしないでね・・・」と言うと思っていたらしい。
ところが、、、開口一番、「あんたね・・・知らんよ!うちの人、本当にヤクザと付き合いがあるから、あんたどうなっても知らんでね・・・。」と念押しに来たと言う。
もちろんその先輩、翌日市役所へ出掛け、事の一切合財(いっさいがっさい)を同級生の課長に話したそうである。
その課長、取引のあった社長と同級生を市役所に呼び、本人同士で事実を確認しようとした。
もちろん、その社長は来ず、その薬局もそれ以降取引停止となったと言う。
まさか、課長が今でも仲の良い高校の同級生だったとは、知らなかったようである。
担当も課長補佐とか、主任あたりだろうから、うまく手玉に取られていたのだろう・・・。
恫喝で手を引かせようとしたのが、結果的に自分の首を絞めた・・・。
まさに「虎の威を借りる狐・・・。」
狐なら、もっと知恵を絞って、化かせば良かったものを・・・。
ねぇ。。
昨日から開催予定だった「ワールドレディスチャンピオンシップ」。
女子ツアーのメジャートーナメントで、4日間開催のトーナメントである。
残念ながら初日の昨日は、雨の為中止となってしまった。
そして、今日のネットの話題は、前日に行われたプロアマ戦。
このチャリティ試合を3選手が怪我や体調不良で事前に欠席したのだとか・・・。
それについて選手会長の馬場ゆかりが、辛口コメントをしていた。
ネットでは、2~3割が、「プロなんだから金が掛かってなんぼの世界。いいじゃんそんなの・・」とか、「もっと魅力あるプロアマ戦なら出場するのだろうが、スポンサーに気を使う、ホステスみたいな事はしなくて良いよ・・・」など保護の意見もあった。
丁度一ヶ月前ほどに海外在住でゴルフジャーナリストの「舩越園子」女史が、スポーツ誌のコラムに同じような事を書いていた。
これは男子プロの場合だったが、「プロアマ戦に出場して、スポンサーと忙しくラウンドしている選手の横で、出場出来なかった選手が、やっかみも含めその光景を冷ややかな顔で見ていた。この大事な試合の前にスポンサーにご機嫌を取って、、、、自分たちは、スイングチェックと練習に時間が取れた。あんなものには出るものではない。と・・・。」
そして、「こんな選手がいる限り、日本のゴルフ界は明るくないだろう・・・」と書かれていた。
うん・・・確かに、両論あろう。
十数年前、ジャンボ尾崎が賞金王を連続して取っていた頃、獲得賞金額は、1億5千万円から2億円だった。
去年のベ・サンムンが1億5千万、一昨年の遼くんも1億8千万円・・・。(減っているくらいだし・・・。)
アメリカと比べ十倍近くの賞金額差である。
物価上昇率から言っても、3億、4億と取ってもおかしくないスポーツだと思う。
色々あろうが、やはりゴルフは世界中、スポンサー、観客、テレビがあって成り立っているプロの世界だと思う。
学生が、社会人が、「意味がないし、時間がもったいないから」と言う理由で入学式&入社式を欠席するだろうか。
今一度、何が常識で、何が無駄で、何が不可欠な事かを改めて考えてみる必要があるかも知れない・・・。
30年ほど前にゴルフを始めた。
その10年ほどは、ゴルフ仲間(チョコボら若手4名とひと回り上のおじさんグループ4名)と年に一回ゴルフ旅行に出掛けた。
九州、四国、北陸、北海道etc・・・それはそれは、今思い出しても楽しい旅行だった。
先日、そのおじさんグループの2名の方に癌が見つかった。
一人は手術をしたが、末期だとの事。。
もう一人は、6月に手術だとか・・・。
歳から言えば、癌が発見されても当たり前の歳になっていた。
一人は、歯科医師、もう一人は、中小(個人経営)の社長である。
それほどの贅沢もして来ていないだろうが、まぁ、いい人生だったのだろう・・・。
男の人生、、70歳が境目のように思う。
あとはそれに何年足すかによって、人生の長さが決まって来る。
女性の場合とは、やはり違うようである・・・。
そう思うと、あと10年か・・・・。
よ~~~し! 悔いの無いように、しっかりと遊ぶぞ!
って、もう70歳までの遊びは、やり終えてしまったか・・・・。。
デッキの「ギボウシ」。
3月の初め、植木鉢から2つの新芽が覗いていた。それがこのギボウシだったのだが、お局が、「あっ!芽が出て来たね・・・」と嬉しそうに見ていた。 何かこのギボウシに思いがあるのか知らないが、花は咲かないし、チョコボの好きな紋入りのハランと変わらないと思うのだけど、何か違うらしい・・・。。
昨日5月1日は八十八夜。
♪~夏も近づく八十八夜 ♪
と歌われ、この日に摘んだお茶は最高品だと言われ、このお茶を飲むと長生きすると言われてる。
元々お茶好きのチョコボ、朝一番で”深蒸し茶”(今嵌っているお茶)をじっくり堪能しました。
どのくらい長生き出来るのやら・・・・。
今から人間ドッグの申し込みに国立病院へ行って来ます。
庭に咲き始めた「こでまり」。
我が家の庭にはカラフルな色の花はない。
このコデマリ、ドウダンツツジ、日向ツツジ、マンサク、馬酔木、シデコブシ等々 白か淡い黄色の花ばかり。
赤やピンクはない。 しいて言えば、秋に赤い実が開くツリバナくらい・・・。
この何とも言えない清楚さが好きなのかも・・・・。
春になるといつも島崎藤村の「初恋」を思い出す。
まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり
やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり
わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の盃を
君が情に酌みしかな
林檎畑の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ
いつ覚えたのか記憶がないが、この詩だけはすべて暗記している。
たまに、「まだあげ初めし前髪の・・・」などと口にすると、「どうしたの?恋でもしてるの?」と冷ややかなお局の視線が痛い。。
純真な心が心地良いだけなのに・・・・。
さぁ、今から遼くんの応援に行っています。
がんばれ!遼くん!!
今年の2月の話。
新築時に液晶テレビと2画面同時録画のDDHを買った。
メーカーはSONY。
去年の夏頃から画面にノイズが走り、たまに電源が落ちてしまい(PCで言う、固まる状態)リセットボタンを押して、初期設定をしていた。
購入して4年半。保証期間はまだ残っていた。
11月の暮れ、丁度コジマ電機の担当君が我が家に来る用事があったので、見てもらった。
ヘッドの部品が消耗しているとの事。
メーカーに修理に出しますと言う。
本来なら2万円から2万5千円くらいは掛かりますが、保証期間内でも、ひょっとしたら1万円くらいは掛かるかも・・・と言われていた。
但し、修理が年明けになってしまうとの事。
年末・年始の番組を録画したいのに、デッキがないと・・・と言う事で、1画面録画のDDHを買った。
4万円弱だったと思う。
直ってくれば他のテレビに繋げて見れば良いし・・・とも思っていた。
年明け、コジマの担当君から電話があった、「え~~~っと、、、メーカーから連絡がありまして、あのデッキの部品が無いそうなんです。。しいては、あのデッキを下取りさせて頂きたいとの事です。チョコボさんに直接メーカーから電話させて宜しいでしょうか?」と言う。 もちろん了解し、電話を待っていた。
メーカーから電話があったのは、それから1か月半後の2月の終わり・・・。
メーカーの電話、「誠に申し訳ないのですが、今、あの機種の部品を製造しておりません。修理に出されたデッキを1万か1万5千円で下取りさせて頂きたいのですが・・・。」と言う。
チョ、「で、その下取り価格を新機種購入の足しにしてくれ?って言う事?」と聞いた。
「まぁそうですね・・・そうしていただけるとありがたのですが・・・」とも言う。
チョ、「あのね、、、年末年始に修理がかかってしまうと言う事で、新しいDDHを買ったのよ・・・それが4万円。1万5千円を貰って、新しい2画面録画のDDHを購入すると10万円弱・・・結局、1万5千円もらって、14万円の買い物をして下さい。って言ってるんだよね?その話は、チラっと聞いているけど、対応が遅くない?」
「これがSONYさんでなく、他メーカーだったらきっと修理代で終わってるよね?そんな姿勢が2000億円の赤字の原因?」と嫌味も言ってやった。。
しかも、修理に出してから、3か月後の電話連絡である。
このチョコボが、「仕方がないですね・・・」と言う訳がない。
「修理に出してから、連絡をもらうまで3ヶ月・・・直らないから新しいのを買ってくれ・・・っておかしくない?しかも保証期間内だし・・・そんなの嫌だ!って言ったらどうするつもりなの?もしこれがトヨタの車で同じ事が起きたならそんな事は言わないよ。。裁判しても勝てちゃうよ・・・」と脅しも入れておいた。
「上司と相談して、再度連絡させていただきます・・・」と言って電話を切った。
それから30分後電話が鳴った。
「もしもし、あの~~・・・今回の場合、状況が状況なので、下取り価格を1万5千円でなく、2万5千円にさせていただきます。それで何とかお願い出来ないでしょうか・・・」だと・・・。。
思わず苦笑いをしてしまった。
結局、それ以上言っても仕方がないので手を打ったのだが、これって普通の状況なのかな・・・?
このブログを読まれた皆さん、、やっぱりチョコボがおかしいのでしょうかね??・・・・。。
少し後味の悪かった出来事。。
このチョコボ、未だにこう言ったゴージャスなバスに乗った事がない。。
サラリーマン時代の会社の慰安旅行は、行き先を決め、全国12か所あった営業所の人間がそこの旅館へ集まる。
伊豆だったり、北陸だったり・・・。
宴をし、翌日解散で営業所単位での行動であった。
現地まで車で行ったり、電車で行ったり・・・。
だからこのバスに乗りたくて仕方がなかった。
3月の終わりに、観光会社のバス旅行のチラシが入っていた。
京都の醍醐寺の花見だったり、高遠の花見だったり、10数ヵ所の紹介があった。
日帰りで弁当が付いて、大体が7000円前後。
(写真の観光バスではないですけどね・・・)
運転はしなくて済むし、道中ビールも飲めるし・・・・
と言う事で、ちょっと遅い桜を見に行くつもりだった。
胃腸炎の前までは・・・。
ビールが恋しい!と言いたいところだが、こんな状態では、飲もう!と言う気になれない。。
缶ビール半分で赤くなるお局が、一人缶ビールを飲んでいる。
普通なら「いいなぁ、、、飲みたい!」となるところだが、全然気にならない。
先週の初め、ちょっと良くなった時に缶ビールを一本だけ飲んだ。
翌日にまた下痢がぶり返した為、怖くて飲めない事もある。
「あ~~~二日酔いだなぁ・・・」の気分が懐かしい。
明日もメロンをチビチビ食べて、アルコール代わりに憂さを晴らそう・・・。
葉が開き始めた楓。
最近、嫌な事件ばかりが続いている。
昨日も小学校の通学児童の列に無免許で、夜中中走り回っていたと言う馬鹿な輩が突っ込んで悲惨な事故を引き起こした。。
「おとなしくていい子だったのに・・・」と言う声が聞こえた。
だから何だと言うのだ。
「あ~~やはりね・・・」だったら被害者は納得するのだろうか・・。
とにかく馬鹿な報道は止めてもらいたい。。
後に続く言葉もない・・・。
北朝鮮のミサイル失敗。 尖閣諸島の東京都の取得。 これについては賛否両論があろうが、あの前原が、「この問題は都くんだりがでしゃばる問題ではない。お門違いだ。」と言った報道がされている。
この言葉に怒りを禁じえなかった。
したり顔して記者会見する前に、国が毅然とした態度を見せてから言え!
尖閣での漁船衝突、その後の弱虫外交・・・。
他人が我が家の庭をうろついているのに、まぁまぁ・・・と言ってるよなもんだ。。
田中防衛庁長官の、あまりにも不適切な人事・・・。
3年前のマニフェストが寒々してくる。
「よくもまぁ、ここまで騙してくれたもんだ。。」と・・・。
そもそも国会議員は我々が選んだじゃないか。と言うが、限られた人間が立候補して来る。
我々はその中から一人の国会議員を選ばなければならない。
「私が議員になった暁には・・・・」とアピールする。
元々、全然素質の無い人種が紛れ込んで立候補して来るから性質が悪い。
たとえば、オリンピックの100m走に日本代表を民意で選ぶ。
実際には記録があるから問題ないのだが、この議員の立候補は、「私がオリンピックに出たら、10秒はもとより、その壁を切って9秒台で走って見せます。どうか私に投票を・・・」
てなものである。
みんなは期待してその候補者に票を入れる。
当選して、その予選会に出たら、10秒なんて話ではなく、12秒台で走っている。
なぁ~~~んだ、中学校で少し速く走る生徒がいるよ。 ってな程度の素質でしかない。。
我々は、せめて10秒の前半では走ってくれるだろうと期待する。
中には13秒台で走っている議員もいる。
それを責めようものなら、「だって、あんたが選んだじゃないか・・・」と開き直る・・・。
そう言えば、あのルーピー鳩山くん、、、イラン外交の前にベトナムへ行って、ベトナムの外務大臣と会っていたらしい。
その時の様子が、同席した外務省の担当の話で記事になっていた。
「とても恥ずかしかった」と・・・・。
何とかしてくれよ、、小沢、鳩山、管、前原、田中、テニアン川内、口だけ番長前原、輿石、悪人面の山岡・・・etc。
頼むからいなくなってくれないかな、口先だけの13秒台の、自称オリンピック候補者・・・。
下痢になって、病院で「細菌性胃腸炎」と診断された。
点滴を打って、2日後に楽になったのだが、良かったのは、その一日だけ。。
それから未だに下痢に悩まされている。。
先々週の月曜日からだから、まるっと2週間・・・。。
このまま体力が低下して衰弱死してしまうのではないかと思うほど体が重い。。
先週の土曜日も配達が4~5件あった。
皆は休みなので、チョコボが出掛けたのだが、運転していても集中力がないし、車から降りると立ちくらみがする・・。
昼過ぎに帰って、バタン・キュー。。。
病院の先生も、熱はない・・・診察して、腹部を押さえ、「ここ痛いですか?」と聞かれても痛くない・・・。
う~~~~ん、、、ちょっと薬で調整してみましょう。
で10日間も経ってしまった。
そろそろ冷たいビールが恋しくなって来た。
ゴールデンウイーク前(今週中)には治りますように・・・。
葉が開いたアジサイの木。
2年前にお局が友人からアジサイの木を分けてもらった。
接ぎ木をしたのかどうか知らぬが、昨年その木は芽吹き、綺麗な花を咲かせた。
お局は喜んでいたから、成功したのだろう・・・。(よく分からないが・・・。)
今年も蕾が膨らみ始めたからきっと綺麗な花が咲くのだと思う。
さっきニュースを見ていたら、大阪の橋下市長が、大阪にある「大阪人権博物館」(そんなのあるんだ。)に視察に出かけたとあった。
知事時代に訪れた時、あまりに稚拙な設備・展示内容だったので、リニューアルを命じていたそうだ。
最後のブースに、子供の将来の夢について語るコーナーがあり、その壁に何か貼ってある。
近付いて見てみると、「大工さんになるには→工務店の職人募集に応募しましょう。 プロ野球選手になるには→ドラフト会議で指名されプロ野球選手になりましょう。 教師になるには→教育試験を受かり、教育委員会から任命されましょう」とあったと言う。
橋下曰く、、「なんじゃこれ!!」と叫んだそうだが、この回答を堂々と貼る神経もそうだが、こんな程度のオツムかな??と真剣に心配してしまう。。
この程度の公務員って、人間馬鹿が多いのかな・・・。。
以前にも書いたと思うが、同級生が勤務していた中学校の教師の話を後日。
(笑えますよ・・・馬鹿馬鹿しくって・・・。)
この地方の桜も散ってしまった。。
今頃は、東北地方が見頃なのだろうか。
本当は、このネタは先週書こうと思っていたのだが、あいにくの体調で長文を書く気にもなれず、、、こんな桜のシーズンが終わろうと言う頃に書く羽目になった。
先月、渥美在住の息子の友人が我が家へやって来た事をブログに書いた。
大学を卒業し東京で働いていたのだが、父親の体調が悪く、渥美へ帰って来たのだ。
ところが、材料が東北の震災の影響で手に入らず、この不況で家業の跡継ぎをあきらめ地元の中小企業でバイトの様な仕事をしながら、結婚したばかりの奥さんと、間もなく産まれて来る子供の面倒を見る事を不安視していた。
そこで、チョコボの知り合いの豊橋で超優良企業への就職を斡旋したのだ。
そして、そのお礼にやって来た。
その時の話・・・。
渥美と言うか、彼の住んでいる福江の町を免々田川と言う川が流れている。
最近新聞やらで、菜の花と早咲き桜の河津桜が咲き誇り、新しい渥美の名所になっている事を知った。
そんな話をしている時に、彼が、「おじさん!今度免々田川へ行ってみて下さい。僕の名前のプレートが貼ってある桜の樹がありますから」とキラキラした顔で言う。
数年前に、村興しの一環として個人の樹として公募して、それに行政が乗っ掛かったのだろう。
嬉しそうに話すその姿に、我が町内でも出来そうだな・・・・との考えが浮かんだ。
町内には、3ヵ所の公園があるが、桜の樹は、ポツリポツリと数えるほどしかない・・・。
公募をして、父が、母が、我が子の名前でその桜の樹にプレートを貼る。
5年後、10年後に咲き誇った桜を見ながら、我が町内に住むその子達は何を思うのだろうか・・・。
そんな事を考えていた。
丁度後輩が市の公園課に居る。
早速電話をしてみた。
残念ながら、その後輩は部署が変わってしまっていて、公園課には居なかったのだが、今の担当君が話を聞いてくれた。
まず、町内を流れている川沿いは、市の管轄ではなく、県の管轄なので返事が出来ないと言う。(そりゃそうだ・・・。)
でも、川の本来の目的は、桜を愛でる事ではなく、河川の流れをいかにスムーズに流すか・・・と言う事に重点が置かれますから、差し障りのある工事(植樹)そのものが無理でしょう・・・。と言う。
ほら出た!!いつもこうなんだよな・・・。(ただし、黙って聞いていた。)
そして公園の話になった。
現在ある公園にはすでに植樹がされており、桜を植えるとなると、枯木の代替えでないと駄目だと言う。
しかも、その樹の枝の伐採とか管理は、すべて市の負担で行うとの事。
限られた予算でやり繰りして行かなければならない。
植えても、一本か二本ですな、、、と言う。(名物にならんがな・・・・。しかも、予算的なものは、公募して植樹するから、町内で工面しますと言ってるのに・・・。)
そこまでは黙って聞いていた。
が、、、、、次の一言で、チョコボが切れた・・・。。
出た言葉、、、
「そもそも、桜は、一年365日のうち、せいぜい一週間楽しむだけですよ。しかも、花が散ると、毛虫が出たとか、除虫剤が嫌だとか皆さんうるさいのですよ。そのメンテナンスは市でやらなければならない。。それを町内で、ちゃんと管理出来ますか?」
と言う。
このチョコボが、「そうですね・・・。」とでも言うと思ったのだろうか・・・。
ちょっと切れ気味に、「うん・・・では、今現在、日本で、九州から北海道まで多々ある公共の公園とか川沿いに植えてある桜の樹を全部その理屈で撤去してから説教したら納得してやるよ! 各市町村の担当者は、桜に対してみんなそう言ってるのかい?日本の桜を、他の市町村は文句を言わず管理してるんだろ?」と言った。
たった1週間の満開の花を愛でるために、日本人は皆、神代の昔からその花の姿に歓喜している。
それを、「たった1週間しか・・・」だと?・・・。。
「お前なぁ、『私は豊橋市の公園課の担当ですが、桜の管理は大変なんです。みなさん、来年から花見なんてやめませんか?』と全国放送のテレビで言えるか?」と言ってやった。
ついでに、「公園に植樹をするのではなく、この町内には田畑が多く残っている。その数坪を地主さんから町内で借りて、しだれ桜などを植えたら、数年後には、他の町内からも見に来てくれるような桜になるかも知れない。それには、あんた達、行政の人間には口を出させないぞ! 何の為”市の活性課”なんて作ったんだ・・・? マニュアル通りに話をしても通じんぞ!」と捨て台詞まで言ってやった。。
電話を切ろうとすると、「ちょと待って下さい・・・実は、、、、私は、さっきから話を伺ってて、とっても素敵な話だと思ってたんです。ただ、立場上、「いい話ですね」とは言えない部分がある事だけは分かって下さい」と言う。
そして、「電話とお名前を教えて下さい。個人としても少し調べてみますから。また後日報告差し上げますから・・・。私も小さい子供がいます。その子が20歳になった時に・・・と考えると、素敵だな、とは思ってたんです」と言う。
なぁ~~~んだ、話の分かるいい子じゃん。
机上の話かも知れない。
しかし、行動を起こしてみる価値はあるかも知れない。
豊橋東岩田の名物「しだれ桜」・・・。
100年後にみんなが見に来る姿を見てみたい・・・・。。
チョコボの誕生日は5月12日。
一か月前の4月12日付けで免許の更新の連絡が来た。
特記すべきは、右上に『優良運転者』とある事。
もちろんゴールドカードである。
運転免許を取得してから約40年。5年前に、初めてゴールドカードをもらった。
それまでは何かしらの減点が付いていた(駐禁がほとんどかな・・・スピードも、信号無視で捕まった記憶もないし・・・。)
あれからもう5年の月日が流れた。
仕事上、ほとんど毎日運転をしている。
では、本当に模範運転者か?と言うと、、そうでもない。。
5年前に初めてゴールドカード取得の連絡をもらった時に、「あ~~・・・ゴールドカードの取得は、いかに警察の目をかいくぐる事か・・・なんだ。。」と思った事があった。
仕事上、駐禁の場所に車を停車する事も(やむなくですよ・・・)あるし、信号の黄色か、赤になったか??、、、と言う時に交差点に入った事もある。
もし、そこにお巡りさんが居たら「OUT!」の世界である。
5年後にまたゴールドカードをもらえる自信はないが、若い頃と比べて、運転そのものに自粛が入っているのは間違いない。
まさか、5年後に、アクセルとブレーキを踏み間違えました。
なんて事にはなっていないとは思うが・・・・。
9日の月曜日から、昨日の日曜日までの一週間、昨日を以ってようやく長いトンネルから抜け出したようである。
改めて健康である事の大切さを実感。。
そんな中、一枚の訃報のFAXが届いた。
送り主は、豊橋でスーパーを手広く経営する「ニューライフ・フジ」。
訃報の主は、「専務」とある。(現会長の長男である)
「えっ!・・・まさか・・・。」の心境だった。
この専務、55歳だと言うから、チョコボより少し若い。
そして、彼が父親の会社の後を継ぐべく入社して来た頃から知っている。
彼には、チョコボと同じで、しっかり者の姉がいる。
会長が、会社を立ち上げた時に、姉はすでに結婚しており、その会社には旦那さんが居た。
いつの間にかその義兄が、部長、常務、専務、社長となり、本人が彼の上の立場になる事はなかった。
確か十数年前、従業員たちの駄話の中で、「弟は義兄の前では、直立不動で、下を向いたままだし、絶対に逆らえないよ」と言う話を聞いた事があった。
専務と言う役職ながら、事務所で座っている姿など見た事がなく、いつも店舗廻りの仕事だった。
一年ほど前から癌との闘病生活だったと聞いたが、車を走らせることが好きだった彼、(そう言えば、いい歳なのにあんな車に乗って・・・と言う苦言を聞いた事があった。どんな車なのかは知らぬが、きっと車の後ろにウイングを付けて走っていたのだろう。)
闘病生活に入る前、彼が二川にある店舗に転勤になっていたそうだ。
自宅は、豊橋の街中にあるのだが、各店舗の中で通勤距離の一番長い二川店に配属になった事に、運転する時間が長いから、、と言って喜んでいた。と言う話が披露され、参列者の涙を誘ったそうだ。
チョコボは生憎こんな体調で参列出来なかったのだが、
そんな彼のエピソードを、出席したお局から聞いて、改めて人柄を思い起こしていた。
55年間ご苦労様。
これからは、好きな車に乗って、好きなだけ走り回れるね。
合掌
先週の日曜日、町内会の花見をやった事はブログに書いた。
その夜、実家のある牛久保の祭りを見に行った事も書いた。
そして月曜日、孫のお宮参りに行った事も書いた。
お参りを終え、4人+孫で食事に行ったのだが、息子が肉を食べたいと言うので、しゃぶしゃぶで有名なチェーン店にしゃぶしゃぶではなく、すき焼きを食べに行った。
料理が運ばれる前に、チョコボはビールを頼んだ。
ツマミはそら豆と田楽4種。
その日の晩から下痢が始まった。
まぁ、酒飲みはこう言った事が多々ある。
別に気にも留めなかった。
火曜日の夜中に、腹痛で起きてしまいトイレに行った。
下痢と言うより水便である。
しかし、痛みも吐き気もない。
翌日、近くの内科医に行ってちょっとした診察と薬をもらって帰って来た。
これで快方に向かうだろうと思っていた。
所がその日の晩、夜中に4~5回トイレに起きてしまった。
食欲もないし、脱水症状である。。
月・火・水・木となかった吐き気まで催し、昨晩と今朝は嘔吐してしまった。。
さすがに何も摂っていない為、水分だけだったが・・・。今さら・・・・ってな感じ。。
さすがに今日は別な設備のある病院へ行って来た。
採血をし、レントゲンを撮り、点滴を受けて来た。
細菌性胃腸炎の疑いが強いとの事。
厄介な事に、脱水症状の為か足に痙攣が来る。
ふくらはぎ、すね、太ももにまで・・・。
寝ていて、脚の一部がピクリとすると、痙攣が始まる。かばうと両足のあちらこちらがカチンカチンになっている。
激痛なのだが、歩く事も出来ないし、じーっと痛みが通り過ぎるのを待つしかない。
今日で5日経過。
明日も完治に向けた大した期待は出来そうにない。
今日、体重計に乗ったら5、5Kg減量されていた。
減量じゃぁなくって、やつれか・・・。。
お馴染みLoopy鳩山くん・・・・。。
又やってくれた。
野党の反対どころか、仲間の官僚(総理、官房長官、玄葉外務大臣)からも、「行くな!」と言われてたイランへの二重外交を、その反対を押し切り行ってしまった・・・。
で、ニュースで取沙汰されてるIAEA(国際原子力機構)にイランと同調してクレームを出しただの、いやそれは捏造だとか、本当に馬鹿丸出しの様子である・・・。
そもそも、総理時代に普天間問題で辞任に追い込まれたルーピー鳩山と、原発の処理で後手後手を踏んだ管が、野田政権になって「外交担当最高顧問」だとか「新エネルギー担当顧問」だとか、おかしいと思わないのかな・・・。
形だけの名前だけのお飾りなら許せるけど、頼まれてもいない、国際的な核問題を抱えるイランに、「よ~~し!僕が行く!」とか言って勝手に行ってしまった。。政府は知らん!と言っているが、イラン在中大使も同席したと言うから、イランにとっては、堂々の外交。対日本国(一個人鳩山由紀夫ではなく)としての扱いである。
手柄を上げたかったのか、先が見えない、と言うか、これを進めばどんな事態になる。なんて事は、まるっと感じてないらしい。
(まぁ、普天間問題で”腹案があります”と言ってアメリカ高官から失笑を買ったと言うからさもあらんだけど・・・。)
しかも、講演会の説明会で、「私はいらん外交をしたと言われていますが・・・」と言って周りを凍り付かせたと言う。
もう、何をかいわんや・・・の世界である。
民主党政権になって3年近く、一つも良い事なんかなかった。
早く、全員いなくなって欲しい。
いても、議会で野党として、ヤジっているのがお似合いだよ・・・。
隠居を表明した評論家の三宅久之氏が、「民主党政権なんてものは、小学校の教室で、政府のマネごっこをやってたら、本当に政権を取ってしまった、、と言うくらい幼稚な内閣なんだから・・・」と言っていたが、本当にそう思う・・・。
チョコボの周りの民主党支持者は、「まぁ見とってみん!埋蔵金がザクザク出て、いかに自民政府がひどかったが分かるから・・・」と言っていた。
こちらも期待したが、何の事はない、、、、お金なんぞ、出て来ず、作れず、回せず、で、結局消費税頼み。。
その言葉と同時に、「従来の総理大臣で東大卒は多々いるが、東大の工学部卒と言うのは鳩山首相しかいない。と言う事は、歴代の総理の中で一番頭が良いと言う事だから・・・」とも自慢していた。
はいはい・・・・そうですか・・・。。
今一度、自慢していた彼と酒を飲みたいものだ。
”頭が良い”(がり勉くん)事と、良い政治、国民の支持・信頼を受けると言う事とは、全然別物である。と言う事を教えてくれた。
それにしても、あのLoopy、、、何とかならんものかな・・・。
見苦しいどころか気持ちが悪い。。
見ていて反吐(ヘド)が出そうである。。。
4月の8日、午後からの花見を終え、行って来ました。 牛久保のうなごうじ祭りに。
一しきり料理を食べ、酒を飲み(と言っても、昼間のお酒が利きすぎてあまり飲めなかったですが・・・。)夜の8時頃から、牛久保の八幡様前で行われる、祭りのクライマックス「三つ車」を見に行って来ました。
写真の「やんよー神」と呼ばれる農民に扮した男達が、最後に八幡様の境内へ入って無事神物を奉納するまでがクライマックス。
所が、行列はすでに7時半頃には八幡様に到着しているのだが、このおじさん達が中々境内に入らない・・・。
町内が違ったので、我々の仲間がこの役をもらった事はないし、(扮する人は、皆おじさんだし・・・。25歳で牛久保を離れてしまったので、同級生がなっても後年の事だろうし・・・)聞いた事はないが、きっと、八幡様の前に来ても、一時間くらいは入らないで下さい。と言う決め事があるのだろう。
(先日も書いたが、一度寝転がったら、誰かに起こしてもらうまで自力では起きてはいけないのです。。)
その人達が鳥居を入ると、お車5台、だし持ち4本がお宮の前の広場で今までの倍くらいの速度で笛や太鼓、演武を演じ、ダシ持ち4本は、お宮の前を走り回る。
このダシが30Kgほどあり、下手をすると倒れてしまう。
棒の2か所を持ち、手をピンと張り持ち上げる。これが結構大変なんです。
100年経っても200年経っても決して絶える事のない町の祭り。
我々が今住む新興住宅街も、「我関せず」ではなく、古くからある祭りを継承しながら、老いも若きも皆が参加出来る祭りを作り上げて行かなければならない事案かも知れない・・・・。
平日の夜中に放映されていたバラエティー番組。
国分太一が司会をし、日本在住の外国人30名ほどをスタジオに集め、色々な各国のしきたりやら慣習を現地のロケを交えて放映されていた。
先日、最終回と言う事で、ゴールデンの時間帯に放送されていたが、最終回なのが残念なくらい面白い番組だった。
一年ほど前のある日、夜中に目が覚めてしまい、何気なく点けたテレビで放映されてたのがこの番組。
それ以来、録画をし、毎回楽しみに見ていた。
各国のお国自慢、ライバル心等々、見ていて面白いものだったが、それが興じると(多数の人間が絡むと)戦争になるのかな・・・。なんて思ったりもして・・・。
各国のゲスト?パネラー?達は、日本に来てもう10年ほど経っていて、日本語の達者な外人ばかりだったが、お国自慢を延々とした後、それでも住んでみて、やっぱり日本が一番いい!とも言っていた。
今の生活が当たり前のようになっているが、やっぱり日本は良い国なんだと嬉しくなった一時間番組。
(今の政府の行政を除いたら・・・だけどね。。)
今週の土、日の二日間、チョコボの生まれ育った牛久保のお祭り、「うなごうじ祭り」が行われる。
(県の無形文化財になっているのです)
写真には見えていないが、右手にもう2台の山車があり、そこに稚児&青年団(若衆)達がお囃子で各町内4つのダシ(マトイの様なもの)を迎える
夜の8時半を過ぎた頃、全5台の山車が囃し立て、4ッのダシを八幡様に奉納するまでがクライマックスの祭りである。
チョコボは、小学校の頃から、お囃子、中学生の時には大山(写真に見えるちょっと高い山車)、18歳から23歳まで若衆。と、ず~っとこのお祭りに関与して来た。
この祭りは、元々、吉田城(当時は今橋城)の初代城主「牧野古白」を祭った祭りで、今に至っている。
「牧野古白」は牛久保城の城主であり、この牛久保城には、長篠の合戦に援軍に向かう「羽柴秀吉」、「徳川家康」、「織田信長」等々歴代の武将が宿泊したと言う記録が残っていると聞いた。
この祭りの言われは、城主の牧野古白が、常日頃の農民の苦労を癒すため、農民達を城内に招き、酒を振る舞った所、皆酔っぱらってしまい、人の助けを受けないと起き上がれないほど御馳走になった。
その城主の恩義を忘れない為に、祭りが始まったと聞く。
行列の最後に「やんよー神」(これが、うじむし→ウナゴウジ)と呼ばれる農民に扮した男達が、道路に寝転がり、最後に八幡様へ奉納するのだが、一度寝転がったら、自分では決して起き上がってはならない為、時間がかかる・・・。
チョコボが子供の頃のクライマックスは、夜も10時に近かったと思う。
眠い目をこすりながら、大人達の歓声を不思議な感覚で聞いていたのを思い出す。
ダシと呼ばれる纏の様なものを両手で持ち上げ、数歩歩いて収めて、また進む、と言う、各町内の行列の先頭で青年団の見せ場があるのだが、総長(そう呼ばれてましたね・・・。)副総長、等々役員が紋付羽織袴を着て号令を掛けて進んで行く。
これが格好良いんですわ・・・。
チョコボも紋付羽織袴の出で立ちで並んでいる写真が残っているが、ひょっとしたら、、、それを見たお局が、その一場面だけを見て付き合ってしまったのではないかな・・・と思っているほどである。。
3年前に友人をこの祭りに連れて行った事あった。
その友人、感激する事しきり・・・。
話には聞いてはいたが、所詮田舎の祭り、、、大した事はないだろうと高をくくっていたらしい。
「これはすごいな・・・いい祭りだな・・・」と絶賛してくれた。
今週の日曜、8日、クライマックスの祭りを見に実家へ行く予定。
但し、その日の午後から町内の花見宴がある。
昼間から飲み過ぎでダウンして、折角の祭りが見られなかった。。なんて事がないように、昼間のお神酒は程々にしておこう・・・。。
豊橋から多米峠を通って三ヶ日へ向かうと、三ヶ日の手前に「尾奈」と言う駅がある。
その駅の裏山に「乎那の峯(おなのみね)」と言う、マンサクで有名な観光名所がある。
マンサクの見頃は2月~3月のはじめなのだが、同じ山に「三ヶ日桜」があると言う。
「三ヶ日桜」?・・・・・
ネットで調べてみたところ、新種の桜で、八重桜の一種で里桜と言い、ソメイヨシノより4~5日開花が遅いとの事。
昨日、三ヶ日へ行く用事があったので、夕方の親爺の病院への送り迎えの前に行ってみた。
ここいらでは、桜が満開に近く咲いている。
もうそろそろ見られるかな?と思っていた。
期待して行ったのだが、何の事はない、、、2分、3分どころか、枝に一輪、二輪と咲いているだけであった。。
三ヶ日育ちの親爺に聞いてみた。
三ヶ日桜で有名な「乎那の峯」って知ってた? と・・・。
すると、「乎那の峯」?・・・そりゃぁマンサクの群で有名なところだな。と言う。
三ヶ日桜? 何だそりゃぁ・・・とも言う。
やはり知らなかったようである。
この三河地方では、今週末に花見が開かれそう・・・。
来週の中旬あたりにもう一度行ってみよう。
本来はこんな感じだそうです。